オメガバース設定のリョゴヨ【前編】
オメガバース設定のリョ(α)×ゴヨ(Ω)
特殊設定注意
【孤独の代償(リョゴヨ)】
月が高く昇る夜、ゴヨウは灯りを落とした部屋の隅で、膝を抱えてうずくまっていた。
身体の奥からじわじわと熱が昇ってくる。
いつもの抑制剤は、もうほとんど効かない。服の内側から汗が滲み、息は浅くなり、視界はどこか霞がかっていた。
「……また、来たのか……」
発情期。オメガにとって避けられない現象──それは本来、番となったアルファと過ごすことで、自然と落ち着いていくはずのもの。けれどゴヨウには、まだ番がいなかった。
ひとりで、何度もやり過ごしてきた。
症状が軽かった頃は、薬で抑えながら、本を読むことで心も落ち着けることができた。
今は何もない冷たい部屋で、喉を押さえて耐えて、まるで熱病にかかったような夜を、ずっと、ひとりで耐えている。
「は、ぁ……っ、あっ……」
じわりと滲む涙が、頬を伝う。
こんなときだけ、弱くなる。いや、本当はいつも、弱かった。
ふと──脳裏に浮かぶ。
柔らかな若葉色の髪。
穏やかに笑って、自分を呼ぶ、あの声。
「……リョウ……さん……」
たった一人で、この熱に飲まれていく夜。その暗闇の中で、彼の顔が浮かぶたびに、胸の奥がきゅっと痛んだ。
(……あなたにこの熱を、鎮めてほしい──)
けれどそんなこと、言えるはずがなかった。
リョウは優しい。でも、自分のこの身体は厄介すぎる。
無理に関われば、彼を困らせるだけだ。それに、リョウを求めてしまうのは、ヒートに流されているだけかも知れない。
ひどく身勝手な想像をしているようで、彼に対する罪悪感すら覚える。
「だいじょうぶ……わたしは、大丈夫……」
そう言い聞かせて、また薬を飲もうとする。けれど手は震えて、錠剤を一つ、床に落としてしまった。
その拍子に、ふいに涙がぽろりとこぼれる。
「……リョウさん……
あなたに…たすけて、だなんて……言えませんよ……」
月だけは、彼をやさしく照らしていた。
けれどその光はあまりにも遠く、ぬくもりにはならなかった。
**
「──じゃあ次は、シロナさんに報告書を回しておきます」
リョウが淡々と話を締めくくると、向かいの席に座るゴヨウがこくんと頷いた。
「了解しました……。お疲れさまです、リョウさん」
「うん。お疲れさま」
ゴヨウは、普段通りだった。
いつも通り敬語で、静かで、表情も変わらない。
──けれど。
リョウはゴヨウの横顔をちらりと見ながら、静かに息を吐いた。
今日の会議中、ゴヨウは何度かうつむいた。
声は微かに震えていたし、指先も、机の下でぎゅっと握り込まれていた。
しかも、どこか……甘い匂いが、微かに鼻をくすぐった。
(まさか……?)
けれど、ゴヨウは何も言わない。
だから、リョウも言えなかった。
「……ゴヨウさん。体調、悪いの?」
「いえ、大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
微笑みすら浮かべて、ゴヨウはそう返す。
けれどその笑顔は、少しだけ硬かった。
そして、その目の下には薄い隈(くま)。
近くにいるとわかる。彼の香りが、ほんのり熱を帯びていることも。
(……無理してるんだな)
アルファとしての本能が、ゴヨウの不調を感じ取ってしまう。
でも彼は、平然を装っている。
──おそらく、“番ではない”自分に知られたくないのだろう。
「……そう、ならいいんだけど。あんまり無理しないでね」
「……はい」
素直に返ってくるその声に、ほんのわずかに震えが混じる。
リョウはもうそれ以上、踏み込まないことにした。
だが、心の中では強く思っていた。
(ゴヨウさん。もし──もし、辛いなら、ボクを……)
でもきっと、優しい彼は、頼ってはくれないだろう。
もどかしさを胸に、リョウはひとり佇む。
このままで、いいのだろうか。
まだ番じゃない。でも、誰よりも彼のことを見ている自信がある。
リョウは、控室へ向かったゴヨウの足取りを追う。
やはり、彼を放ってはおけなかった。
**
ゴヨウは、これまでヒートを四天王の職務に支障が出ないよう、薬で抑えていた。
昼間の症状はそれほど重くなく、副作用もほとんどない。
けれど、今日は違った。いつもより、効果が切れるのが早い。
薬は、限界量ギリギリまで服用している。けれど──
奥からこみ上げる疼きは、何度も抑えつけてきたはずの欲を、嘲笑うかのように刺激してくる。
(また、来る……)
自分の体が自分のものじゃないようで、怖い。
けれど、誰かにこの姿を見られるほうが、もっと怖い。
誰にも頼れない。頼らないと、決めていた。
休んでいれば治まるはずと、ゴヨウはただひとり、今まで通りやり過ごそうとしていた。
その時、ガチャ…と、突然、控室のドアが開かれる。
「…ゴヨウさん!」
ソファに座るゴヨウに、リョウが声をかけた。
「……最近、顔色が悪いですよ。大丈夫ですか?」
心配そうな声音。でもそれが、ゴヨウには酷く居心地が悪かった。
「大丈夫です。……わたしのことは、気になさらず」
ゴヨウはうつむいたまま答える。言葉は穏やかだが、眉間には皺が寄っている。
やはり、一人で抱え込もうとする彼に、リョウは核心に触れる。
「……、ゴヨウさん……
それって、もしかして……ヒート…ですよね…?」
ゴヨウの目が見開かれる。
「…気づいて…いらしたんですか……」
甘い匂いが、微かに、でも確実に漂っていることにリョウは気づいていた。喉がかすかに鳴り、アルファとしての本能が疼く。
ゴヨウは平静を装いながらも、動揺を隠せずにいた。
「……だから、来ないでください。わたし、薬を切らしていまして……今日は、少し……」
言い訳のように重ねる声。ゴヨウの指が震えているのに気づいたリョウは、思わず近づきそうになる身体を押しとどめる。でも、できるなら、苦しそうな彼を救ってあげたい。
「……ボクじゃ、だめなんですか?」
思わず出た言葉だった。普段なら絶対に口にしない。けれど、リョウの中で何かが限界を超えていた。
「だめ、なんかじゃ……ないです。でも……わたしが今、あなたを欲しがったら……それは本心じゃなく…ヒートに、流されてるだけで……」
心の内を隠したゴヨウの言葉が、ナイフのように刺さった。
けれどリョウは、反論するかわりに、ただそっと問いかけた。
「……じゃあ、ボクがゴヨウさんが欲しいのは、本心だったら、どうしますか?」
ゴヨウは一瞬、息を呑んだ。
目を合わせてはくれない。けれど頬が赤く染まっているのが、リョウには嬉しかった。
「そんなこと、言われたら……薬が切れてる今のわたしじゃ、冷静に返せませんよ……」
かすれた声でそう呟いて、ゴヨウは目を閉じた。
リョウは、ソファの傍らに膝をつき、そっと彼の手を取った。
「じゃあ……せめて、今日は傍にいます。アルファの匂いで、少しは落ち着くはずですよ。
ボクは何もしないから、安心して、ゴヨウさん」
言葉とは裏腹に、リョウの奥底では熱が渦巻いていた。でも、それでも──。
ゴヨウがそっと彼の手を握り返す。それが返事だった。
そしてこの日、リョウは初めて、ヒートに香るゴヨウの匂いを知った。
それは、甘く、苦く、抗いがたく、
何より──好きになってしまった人の匂いだった。
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オメガバ…好きなんですよね…
こらえるゴヨ…
続きは次回更新します